プリーズ - 春 breeze−spring 2006

風のはじまり
風が、記憶や想像力につながるスイッチになることがあるようだ。 吹き抜ける風が不意に頬をなでる時、かつて見た風景や、その時 の心情などが憶い出されることがあるからだ。

「蝶の羽ばたき効果」という言葉がある。ブラジルの蝶の羽ばた きがメキシコ湾でのハリケーンの発生に影響をあたえるかもしれ ないというのだ。とすると今頬をなでていった風も、いつしか僕 に影響をあたえるのかもしれない。
その風のはじまりは、流氷を超えたどり着いたトナカイのいな なきかもしれないし、カリブ海を吹き抜けてきた蝶の羽ばたき かもしれない。あるいは風など吹いておらず、日常の何気ない 記憶が脳の神経細胞と結合した時、その僅かな震えを風と錯覚 しただけかもしれない。
作品が、誰かの頬をなでる風のようなものであるとするならば、 もう暫くその「はじまり」と「ゆくえ」について考えてみたい と思う。


春の風が苦手だ。何か始まりそうな期待感と何も始まらない焦燥感が入り交じり、 花粉症でなくても鼻がむずむず、足をふわふわと浮かせる。宮沢賢治の 「春と修羅」に、「まことのことばはうしなはれ 雲はちぎれてそらをとぶ ああかがやきの四月の底を はぎしり燃えて行きする おれはひとりの修羅なのだ」 とある。もしかしたら、賢治がこの詩をよんだ時も、あの春の風が吹いていたのかも しれない。


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写真撮影:studio-dot

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