青葉区に来たのが2才の時であるから、もう30年余りが経ったことになる。 僕が住んでいる たちばな台 は、かつて「成合村」といった。成合村は昭和 14年に「成合町」となり、同42年に現在の成合町、桜台、たちばな台、上 谷本町、鴨志田に分割された

元禄2年(西暦1689年)の絵図によると,人家が15戸書き入れてある(成合 村風土誌飯島利貞著)。 これが成合村の最も古い記録である。以後安政5年 (1857年)に15戸、明治4年(1871年)に15戸、明治22年〜昭和14年(1899 〜1939年)に24戸とある。かつて成合村と呼ばれていた地域には現在5000 世帯以上が暮らしているが、約300年前の世帯数は15戸で、以後200年の間 ほとんど変わることはなかったのである。

300年前の成合村を想像してみる。成合村風土誌によると「急峻な山の間が 生活圏であったから自ずから農耕面積は狭く、さりとて林業が成立する程の 山でもないので、住民の経済面は良くなかった。」とある。おそらく人々は 山や森に囲まれ、その風景に溶け合うようにつましく生活していたのではな いか。もしタイムスリップしてその場に立ったとしたら、一体何人の人に出 会えるだろうか。 当時の成合村を再現してみようと思う。
公園前の草むらには15個の人型が隠れている。15個の人型は、当時あった 15戸の家を表現している。草丈ほどもない緑の人形は、同色に埋もれて全て を見つけるのは容易ではないだろう。当時のわが町はそれほどまでに、住む 人がなかったのである。
ちなみに現在の成合町はわずか3.1hの面積を残すのみで、14世帯38人が生 活している。面積、世帯数共に青葉区最小の町である。世帯数だけを見ると 300年前と同じであることは、興味深い事実だ。

※ このテキストは成合村風土誌.飯島利貞著、角川地名大辞典、平凡社.日本 歴史地名大系を参考、引用した。


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midori - 15fig.


テキスト、鉄にペイント、草むら
青葉トリエンナーレ 2001 ・ 80×3×H.200mm (for one figure)

写真撮影:H.Tani

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